ちわっす。
アラフォー婚活戦士の横ちゃん(@yokota1211)どす。
突然ですが、、、
あなたは吉田松陰という人をご存知でしょうか?
↑(こちらが吉田松陰、画像はwikipediaより)
吉田 松陰(よしだ しょういん)
日本の武士(長州藩士)、思想家、教育者。
山鹿流兵学師範。
一般的に明治維新の精神的指導者・理論者・倒幕論者として知られる。
私塾「松下村塾」にて、のちの明治維新で重要な働きをする多くの若者に思想的影響を与えた。
著名な門下生には久坂玄瑞、高杉晋作、吉田稔麿、入江九一、伊藤博文、山県有朋、、、
世は江戸末期。
当時鎖国をしていた日本に、黒船が来航。
それまでの日本人の生き方・文化・価値観とは全く異なる人たちがやってきた。
てか、日本人と目や髪の色、体格も違えば、使ってる言葉も全く違う、、、
いわゆるヤベェ奴ら!
が、当時の日本にいきなりやってきた訳であります。
しかも日本にちょっかいを出しに、みたいなw
少し例えてみると、、、
学生時代にたまにクラスに転校生が来たことないですか(´∀`=)
自分と同じ年齢で、同じような日本人、、、だけど雰囲気がまるで違う。
みたいな、あの感じ。
↑転校生は攻めてきた訳でなく、家庭の事情がほとんどですが( ̄▽ ̄)
転校生が入って間もないクラスって、特に最初はざわざわしませんでしたか?
「アイツってどんな奴なん?」
「制服、ちょっと違うぞ〜!」
みたいな。←僕は転校したことがあるので、経験あるんですが(´∀`=)
で、クラスでは転校生にすぐに声を掛けて仲良くなれるタイプの人もいれば、
時間をかけてゆっくりと仲良くなるタイプの人もいたと思います。
あと1番多いと思われたタイプが様子見タイプ。
みんなと仲良くしてる様子をある程度確認してから、仲良くするようなタイプの人。
で、話を戻しますけど。
全く予期せぬ状態で突然、招かれざる転校生(黒船)が、
当時の江戸日本にやってきた訳であります。
しかもその転校生はちょっと強面で、体格も大きいし。
更にはよくわからん武器とか持ってやがる、、、
もう新手のヤンキー、みたいな╰(*´︶`*)╯♡
そんな奴がもしクラスに転入して来たら、
普通の感覚なら、まず逃げる。もしくは知らぬふり。
なるべく目を合わさないように基本下を向くようにする、、、みたいになるのでは。
僕の場合は↑のような行動が予想されます。
あなたならどうでしょう?
そんなヤベェ状況で、今回紹介する吉田松陰。
松蔭さんの感覚は、全く違ってたようです。
松蔭さんは黒船を初めて見た時、
「これからの日本の発展の為に、
自分の目で外国を見聞し学ぶ事が必要」
と思ったそうです。
僕とは感覚が違いすぎる!!
歴史上の偉人と自分を比べんなよって感じですがw
で、松蔭さんが25歳の時。
再び来航したペリーの黒船に果敢に乗り込みにいったそうです。
「オレをアメリカに連れてけ〜!!」
って。
破天荒にもアメリカ渡航を企てた松蔭さん。
結果的にそれは失敗し、逮捕されたんだそうです。
てかね、単に「自分の為」ではなく「国家の為」って言う理由。
すごいですよね、国家を思う熱意(´∀`=)
で、逮捕された松蔭さん。
牢獄に収監されてからも、熱は全く冷めることはなかったそうです。
独房でも本を読みまくって勉強したそうです。
『三畳の独房(うち、畳敷は二畳)が勉強部屋』
『1年2ヶ月で歴史書・経書(儒教の経典)など618冊、単に読み飛ばしたのではなく、大事なところは抜き書きする』
『寒気が苛烈、午前4時から眠ることができず布団に包まってそれでも本を読む』
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
正気の沙汰とは思えない╰(*´︶`*)╯♡
てね。
このエピソードを知って、最初はそう感じたんすよね。
でも松蔭さんの国を憂う熱い気持ちと行動があったからこそ、
色んな人が松陰さんの熱意に感化され、松陰さんと同じように学び、
国の為に動き出す事になったんだと思います。
そして、日本は開国。
新しい時代へ入った!
てね。
今回は「黒船・明治維新」時代の過去のお話でしたが、
時代の大きな変わり目
という意味では、現在とも通ずる事だと思います。
これからはますます急激になる時代の流れ
「流れになんとなく流される側」 or 「流れを作る側」
どんどん二極化が進みそうだと思います。
僕自身は
”流れを作る側になりたい”
って、松蔭さんのエピソードを知って思いました。
今日はそんな感じね。
さっ、明日からも精進しよ〜。
てことで、今日は以上でござる。
ほなまた、らぶど〜〜〜ん!
※今回の記事を書くきっかけになったのは、吉田松陰さんのエピソードが盛り沢山なこちらの本です。興味がある方はどぞ♪
↓↓↓